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昔は1枚での外出はNG?Tシャツが下着からファッションアイテムになった理由

2016.09.29

Tシャツは誰が何と言おうとファッションアイテムです。

毎年夏には各ブランドやメーカーがこぞってTシャツを発売しますし、季節感なんて関係なく冬でも新作を出します。

数万円するブランドTシャツだってありますし、UNIQLOは毎年のようにUTを何十着も発表しますし、バンドはバンTを物販にしてファンは皆それを着るし、中高生は文化祭でお揃いのクラスTシャツを着ます。

夏はTシャツ1枚でどこへだっていくし、繁華街だって歩くし、学校にも行くし、仕事にも行くし、デートにも行きます。

芸能人だってTシャツでテレビに出るし、政治家だってTシャツで選挙活動を行います。

そんな当たり前のことは、わざわざ言うまでもない常識です。

そんな常識が約60年前は非常識だったという話をします。

1950年代までは、Tシャツ1枚で外に出るなんて論外だった

1955:  A 'teddy boy' gets admiring glances from friends.  (Photo by Juliette Lasserre/BIPs/Getty Images)

ようするに1950年代までは、Tシャツ=下着という扱いだったそうです。

パンツとかブラジャーとかと同じくらいなのか、せいぜいキャミソールくらいの感覚だったのかとか詳しいことはわかりません。

肌の上に直接着用する肌着であり、それは下着の一種であるという考え方だったそうです。

ようするに「下着なんだからそれ1枚で公に場に出るなんて論外でしょ」という感じですね。

そりゃごもっとも。

1950年代まではTシャツはシャツのインナーに過ぎず、それだけで外出することは”恥ずかしいこと”とされていたそうです。

じゃあ国技が素っ裸に布きれ巻いてるだけの日本どうすんだよ。

弥生時代はおろか神話の時代からやってるらしいぞアレ。

ジャパニーズをいじめるのも大概にしろコノヤロー。

Tシャツがファッションアイテムとなったきっかけは
映画『欲望という名の電車(1951)』だった

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1951年に公開されたアメリカ映画『欲望という名の電車(A Streetcar Named Desire)』で、このマッチョでイケメンでのちに「20世紀最高の俳優」と称されるマーロン・ブランド(Marlon Brando)が、当時下着扱いとされいたTシャツを普段着として見事に着こなしそれをマネする若者が急増したとか。

タブーとされていることを逆手にとった反体制的な雰囲気が当時の若者の心を打ったのでしょう。
若者たちはパンクの精神をこのTシャツスタイルに見出したのです。

マーロン・ブランド自身も当時の映画界において型破りな存在であり、演技力・外見・存在感など、どれをとっても若者のあこがれの的となる条件を十分過ぎるほど満たしていました。

雰囲気も抜群。
だってのちにあの『ゴッドファーザー(The Godfather)』で主役のドン・ヴィトー・コルレオーネを演じる俳優さんですから。

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ちなみに、『欲望という名の電車』の2年後、1953年に公開された『乱暴者(The Wild One)』という映画でも主演を務めたマーロン・ブランドは、ここでも当時の若者のファッションアイコンとなりました。

この映画でマーロン・ブランドが演じたジョニー・ステイブラーという暴走族の頭は、革ジャンとジーンズでモーターサイクル出で立ちで、それ見た世界中の若者がそのスタイルをマネしたそうです。

そんな若者の中には、のちに世界的なミュージシャンとなるエルヴィス・プレスリーやビートルズなどもいたとか。

Tシャツのファッションアイテムとしての定着

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『欲望という名の電車』のマーロン・ブランドの影響で、Tシャツを普段着使いする若者は急増。

これによりTシャツの販売は促進され、そのことがTシャツの発展に起因しました。

加えてプリント技術が進歩し、プリントTシャツが生まれ、このことがさらにTシャツがトップスとして通用する後押しとなりました。

Tシャツスタイルも元々は一部での流行に過ぎず、様々な出来事や技術の進歩を経て誰もが認めるファッションアイテムになったというわけです。

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